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バレエダンサー:もっと視野を広げ、踊りの表現をふくらませたい

玉川 智美さん
バレエダンサー(鹿児島市)

肌で感じた世界へ 15歳で単身渡欧

アヤメの花を思わせるたおやかな佇まい。そこから生み出されるのはクラシックバレエとは一線を画す、鮮烈な表現。昨年12月、影の美しさ、神秘性を表現した舞踊作品「影k_a_g_e」を主宰。三味線や尺八をバックに躍った。「もっと視野を広げて、踊りの表現をふくらませたい。その思いが強くなりました」

育ったのは東京都。物心がつく3歳ごろには近所のバレエ教室へ通っていた。好き、嫌いという以前に「踊る事が当たり前でした」。中学3年時、ロンドンのサマースクールへバレエの短期留学。「世界を肌で感じた初めての経験」だった。本場ヨーロッパで学びたいという気持ちが強くなり高校を1年で中退、モナコのバレエ学校を経て、憧れていたロンドンのバレエスクールに入学。レッスンはもちろん、解剖学などの座学も3年間みっちり学び、卒業証書を手にした。入学時20人ほどいた同級生が卒業時は5人だったという。その後、スクールのバレエ団で名作童話をテーマにした舞台に参加、イギリス国内の津々浦々を旅公演でまわった。時には人手が足りず、疲労骨折してしまったことも。それでも「子どもたちが喜んでくれる姿に毎回感動していました。もう、なんでもかかってこい!という根性は身についたかも」と笑う。

たどりついた自由な表現

3年の時がたち、ツアーが修了、それを機にクロアチアのバレエ団へ移籍。古典を主に上演する劇場で、久しぶりにどっぷりとクラシックバレエに浸った。リハーサルと本番の繰り返しで「毎日が自分との闘いでした」。気がつけば、学生時代もバレエ団でも、友達=ライバル。本心をさらけ出すことはできなかった。時には日本の親や友人に泣きついたことも。海を超えて届いた手紙やファクスは今も大切にしまう。

そのころから、バレエ団での自分の限界を感じ、「このままでいいのか」と漠然とした思いが生まれ、自分にとっての全くの新天地、ベルリンへ移住した。多彩な人種が集まるベルリンはアーティストも多い。アルバイトをしながらフリーランスでバレエを続けた。「それまでになかった刺激もたくさん受けました。表現の形が自由であることも」。そして3年が過ぎるころ、母の故郷である鹿児島で舞台出演の話があり、帰国。人も気候も穏やかな鹿児島に、「住みついてみたくなった」。2015年秋、28歳のときだ。

現在はバレエ教室で指導も行う。教えるということに、難しさと同時に喜びも感じているという。でも、本分はダンサー。昨年は、知人のパフォーマーと共作の作品でオランダのパフォーミングアートの祭典にも出演した。

時間が空くと愛犬と散歩したり、映画や読書を楽しむ。「時間的にも精神的にも、余裕ができたのがうれしい」。そうほほえむ笑顔にぶれないまなざし。この時間が次なる進化を育んでいるのは間違いなさそうだ。

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玉川 智美(たまがわ ともみ)さん
プロフィール

鹿児島市生まれ、東京育ち。2002年、高校1年9月にモナコ公国へバレエ留学。2年を経てロンドンのイングリッシュナショナルバレエスクールに入学。3年後卒業し、学校付属のバレエ団に3年間在籍。その後、クロアチアの国立劇場バレエ団に所属。約1年後、ベルリンへ移り、フリーランスで活動。2015年秋、かごしまデザイン協会の舞台出演を機に帰国。母の住む鹿児島市で、フリーランスで活動、指導にもあたっている。

今これに夢中です
「読書」

読書家だった祖母の本棚から気になるものを読み漁るのが、最近のマイブームです。佐藤愛子さん、向田邦子さんなど女流作家の作品に共感することも多く、教わる部分もあって楽しい。

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